Penny Blood Side Stories #3

By Ari Lee

FINDING THE AXEMAN
フランツ・オーゲン博士に編集された調査報告書
最新版:192015

 

以下は、アックスマンがヘルハウンダーズへの加入時に回収したアックスマンの日記から抜粋されたページである。アックスマンの心理的な動機をより理解するために、これらの記述はアックスマンの一般人から見たイメージの記録だけではなく、アックスマン自身に対するイメージの記録となるように抜粋されている。

以下はルイジアナ州に起こった、アックスマンによるものと報道されている事件のリストである。

1918523: 青物屋経営のイタリア系男性ジョセフ・マッジオと、妻のキャサリン・マッジオ。2人とも喉を切られた状態で発見された。特にキャサリンの喉は深く抉られ、肩からほぼ外れていた。キャサリンは襲われた後直後に死亡したとされているが、ジョセフは兄弟に見つかった数分後に死亡した。

1918627: 青物屋経営のイタリア系男性、ルイス・ベスマーと愛人のハリエット・ロー。ルイスは右のこめかみを、ハリエットは右耳の上を斧で殴打された。二人は朝、配達人により発見された。ハリエットは数か月後に手術の失敗で亡くなる前、ルイスが自分を襲った犯人であると主張した。ルイスは殺人罪で9か月間刑務所の中で過ごしたが、191951日に無罪を言い渡された。

191885: アンナ・シュナイダー。頭に傷を負い血まみれの状態で見つかった妊婦は一命を取り留め、後日元気な赤ちゃんを産んだ。この事件の凶器はランプとされており、他の事件同様、家から物は一切盗まれていなかった。

1918810: 2人の姪と同棲していた老人のジョセフ・ロマーノ。夜中に物音で目覚めた2人の姪がジョセフの部屋へと駆け寄った際に逃げる犯人を目撃したとされる。ジョセフは2日後、頭に受けた傷が原因で亡くなった。この事件から警察が複数の事件を関連付けたことから、ニューオリンズで血に飢えた「アックスマン」の噂が広まり始めた。

1919310: チャールズ・コーティミグリア、ロージー・コーティミグリア、と2歳の娘のメアリー・コーティミグリア。チャールズとロージーの2人は一命を取り留めたが、メアリーは母親に抱かれて眠っている間に首の後ろを切り付けられ死亡。ロージーはその後、無関係の男性2人を犯人であると主張した。これについてチャールズは事実ではないと否定したが、警察は後日男性2人を逮捕した。有罪判決が下された後、男性の一人が絞首刑を、もう一人が終身刑を言い渡された。チャールズはその後離婚して、1年後にロージーが以前の主張は嘘であることを認めた。

この事件の直後、アックスマンは新聞社に忠告の手紙を送ったとされる。手紙の内容は、319日の00:15に町全体がジャズを堪能していなければ殺人がまた起こる、というものだった。その結果、人々はニューオリンズのパブとダンスホールが満員になるまで押し寄せた。ミュージシャンたちも町中のホームパーティーで演奏するように雇われた。結局、319日に殺人事件は起きなかった。

1919810: 青物屋のスティーブ・ボカ。頭が切り開かれるほどの重傷を負いながらも一命を取り留めたが、警察には事件の記憶がないと話した。

191993: 19才の女性、セアラ・ローマン。一人暮らしをしていた彼女はベッドの上で頭に重傷を負い、歯が折れている状態で発見された。血まみれの斧は彼女が住む建物の前で見つかったが、彼女も事件の記憶がないと話した。

19191027: 6人の子供の父親、マイク・ペピトーン。事件発生時の物音で起きた妻が、斧を持った大男が逃げる姿を目撃したと警察に話した。死亡したマイク以外に被害者はいなかった。警察はこの殺人事件についてアックスマンによるとされる最後の事件であるとしている。結局犯人の特定、逮捕には至らなかった。

以下は当時の新聞からの抜粋である。

「またアックスマンが動き出した。12人もの血を啜って満足したかのように思えた悪魔は一か月ほど休んでいたが、金曜日に再び殺人の欲望が彼を街中へと呼び戻した。事件後、警察が足跡をフェンスで見つけた。彼はフェンスを登ったようだそして青物屋の庭へと侵入し、ドアを壊した。これは彼が得意とする侵入手段だ。」

紙面に踊る生々しい記事、市民の噂と日ごと募る恐怖が混ざり合い、顔も分からない「アックスマン」を都市伝説の悪魔に仕立て上げた。頭のねじの外れた、血に飢えた魔物が常に街のどこかに潜んでいる。もはや誰も安全でいられるとは限らないジャズ好きじゃなければなおさらだ。

しかし本物のアックスマンとは何なのだろう?上記にあるように、アックスマンの殺人は頻度、ターゲット、効率に一貫性は確認できない。イタリア系の既婚者で青物屋の被害者が多いという潜在的な犯行パターンへとつながりそうな情報もあるが、「斧」が使われていない事件もあるという点も忘れてはならない。被害者に重傷を負わせておきながら一命を取り留めた者が多い点も気にかかる。なぜ現場から何も盗まれていなかったのか。なぜジャズにこだわったのか。

私が初めてアックスマンについて知った時に、これらの質問が頭に浮かんだ。さらに研究を続けてサリエルと話した後にやっと仮説を立てることができた。アックスマンのカオスじみた、一貫性の無い事件の数々彼がジャズ好きなのは当然の事なのかもしれない。その熱狂した音楽がむしろ彼の狂暴な精神を外の世界へと表現することで、自身を癒していたかもしれない。ひょっとするとアックスマンは自分では到底コントロールできない、強い破壊力のある精神が宿っているのかもしれない。ひょっとすると、私たちの強い味方になる可能性が十分にあるのかもしれない。

サリエルと私はニューオリンズに何が待ち受けているのか分からなかったので、ヴィトーとダリアを一緒に連れていくことにした。ようやくアックスマンを見つけた時、私たちは人間の男になりすました巨大なモンスターのような生き物と対峙することになった。初印象では「人間」というよりも「野獣」じみて見えたが、彼の眼の奥には、野獣では永遠に手に入れることができないほどの知性が垣間見えた。アックスマンは私の期待を遥かに超えた存在だった。

彼の非凡な才能を将来にわたって生かしていくために、彼を突き動かしたものは何なのか、動機は何なのか、という問いの答えを出せるように私はアックスマンの日記が「彼」の設計図となるように抜粋した。ご覧いただこう。

 

1918817

 

闇は温い。

既存のアイデンティティと社会的な役割から人を解放するように、闇は柔らかい毛布のように人を包んでいく。闇の中で人は自由になる。「光が導くように」、「人類の希望の光」などと口々に光をほめそやすが、光こそが我々を盲目にするものではないか。闇の中で人は目の前にあるものだけが見える。つまり、大事なもの以外はすべてどうでもよくなる。闇こそがヒーローのマントだと主張しようではないか。闇の力だけが悪を完全に消滅させる方法であろう。

暗さが俺の身体に這い上がり、黒ずんだタペストリーが俺を包み込む。俺はもうすでに俺ではなくなっている。夜に溶けていくと、俺は夜になる。

悪人の家の裏をそっと歩く。台所の白レースのカーテンから薄暗いオレンジ色の光が漏れている。可愛い姪っ子に暴力をふるう邪悪な怪物は暖かい暖炉を堪能する権利などない。生きる権利もない。

夜の静けさに包まれながら、俺は窓の下にしゃがんで中の音を聞く。足音、かすかな声やラジオの掠れた音が聞こえてくる。笑い声やジャズは聞こえてこない。中には何が起こっているのかが明確だろう。数週間前から監視している俺なら分かる。彼らの習慣、朝食の具材や寝る時間、ゴミの中身さえも手に取るように分かる。俺は彼らのことは知っているのに、彼らは俺のことが分からない。そうして彼らの家が檻となる。

家から音が聞こえなくなるタイミングで俺はポケットからノミを取り出してゆっくりと木造ドアの下あたりを削り始める。取り外すには30分ほどかかるが、急ぐことはない。闇は受け入れるものを護ってくれる。

入口が開くと、俺は草むらにいる黒ヘビのように滑らかにペースを崩すことなく、わざとゆっくり腹這っていく。そして中へ入ればすぐに立ち上がり、どの家にも当たり前のように置かれているものから得物を選ぶ。熊手、ハンマー、ノコギリ斧。

リビングに入ると、野獣のようなイビキが隣の部屋から流れてくる。女の子たちはきっといつものように上の階でぐっすり寝ているのだろう。階段と手すりを見て、俺がここから去った後に2人とも安全な暮らしが送れるよう願う。

職人が傑作に最後の仕上げをする時のように俺はゆっくりと寝室のドアの取っ手を回して音を立てずに開く。薄暗い光が寝室に漏れないように大きな体で遮ると、奥から闇の手が俺を招くように伸びてくる。

そこでヤツが寝ている。忌まわしい男のなれの果てが闇の一角にあるシングルベッドの白いシーツの上に、ウィスキーボトルの隣で上掛けを抱きかかえながら寝ている。キッチンから盗んだばかりの斧を手に握り、ヤツの呼吸のリズムに自分の歩調を合わせて俺は近寄っていく。目が闇に慣れていく。ヤツの横にたどり着くと、顔の形が見えるようになり、息からウィスキーが匂ってくる。

斧を両手で握って大きく振りかぶる。とうとう、怒りを解放する時が来た。この瞬間のために、何時間も、何日も、何ヶ月も我慢してきた。しかし俺は自分の中にいる魔物を解放すると、世界に平和が訪れる。俺は暴力を味わうことが許される、無意味ではないからだ。この地獄のような痒みが世界の数々の罪を綺麗に洗い流していく。

俺は善人なのだ。

だが少し力みすぎたかもしれない。斧を振り下ろすとヤツが目覚める。目を見開きわけが分からないといった様子でヤツが動く。斧は狙い通りヤツの頭に叩き込まれるが、側頭部だ。理想的ではない。ヤツが抵抗すると血が傷から噴き出す。熱のような自分の怒りが落ち着くと、俺は必死に斧をもう一回振り下ろす。傷と血の飛沫が増える。2階から足音が聞こえてくる。時間切れだ。

女の子が階段から駆け降りてくると俺は斧を落としてリビングを素早く横切る。帽子を深くかぶり、コートの襟で顔を隠す。俺はドアから闇へと飛び込むと、後ろから女の子の叫び声が聞こえてくる。生々しい光景を女の子に見せたくなかったが、2人のためであることを分かってほしい。世界のためだと分かってほしい。

再び闇に包まれ、怒りが消え去った今、俺に安らぎが訪れる。しゃがみながら裏路地を通って、道の向こう側で待っているドクの車へ忍び寄っていく。

 

1918819

 

先日の過剰に生々しく乱雑な文章について謝りたい。これまで数々のロマンスとアドベンチャーの小説を書いてきたが、自分の人生について書くのは初めてのことでどうやら性に合っていないようだ。貴方にこうして自分の考えや功績を伝えようと決めた時、自分の生涯において重要な出来事を細部に至るまで鮮明に描写しようと思っていた。しかし初稿を書き上げた時、これほどまで詳しく書くとこの仕事は数週間、いや数か月かけても終わらないと気がついた。その上、そういった包括的な文章は俺の置かれた状況を主観的に提示しているに過ぎず、むしろ広い視野で書いた方が簡潔になるだけではなく、俺の行いを観察するための客観的な土台にもなるのではないかと思った。

友よ、冒頭は熱くなりすぎてしまった、許してほしい。そしてこの文章を目で追っていく作業は時間と労力の無駄ではないと信じていただきたい。この素晴らしい街の警察とメディアは俺のことを怪物だの性的サディストだの近親相姦で生まれ教養も精神状態にも問題があると報道することで、俺の名前と評判を一気に叩くように全力を挙げたそうだが、それこそ真実からかけ離れていると保証しよう。この日記がその証拠となるように願うばかりだ。なぜならこれはアックスマンと呼ばれる者から紡がれた正真正銘の言葉だからである。

俺が知る限り唯一真実に近づいた者は、「アックスマンは普段法律を護る立派な市民だが、時には抑えきれない殺人衝動に駆られる」と分析したとされるジョン・ダントーニオ刑事である。これは確かに否定できない。犯罪を心から憎んでいるが、俺は生を受けて以来、暴力の中で生きてきた者でもある。俺は心理学者ではないので、この衝動は生まれた瞬間からこの身に秘めていたのか、育った環境や教育の結果なのかは分からない。俺が言えるのは、俺は物書きであり、悪を滅ぼすヒーローということだけだ。

同輩もこの真実が分かってくれるならどんなに良かっただろう。残念ながら、俺がいくら真実へ導こうとしても、永遠にたどり着くことは望めないのだ。俺は身体が大きく頑丈なので当然、「ケダモノ」扱いを受ける。現代の流行に縛られることなく髪の毛は自由に伸ばしているので、「変人」として見られることもある。彼らにはこう言おう。モーツァルトも当時、「変人」と言われていたが天才音楽家として慕われたではないか。なぜこの社会は俺を蔑むのか。書いた詩を読んであげようと言うだけで俺は可愛そうな子供みたいに笑われるのだ。血の欲望という悪習を見た奴らは俺のことを怪物だと指差すが、邪悪な考えを一つも持たない男は果たしてこの世にいるのだろうか?そうだ、暴力は俺の内に潜み、意地の悪い、鎖で拘束されている野獣だ、それは認めよう。俺を侮辱する者が現れるとヤツらのちっぽけな頭蓋骨を割ってやりたい衝動を抑えるのに全身の筋肉が強張る。ほとんど場合は顔面に一撃を入れて済むようにしている。

俺よりも社会的に受け入れられている男はギャンブル、酒と嘘に溺れるが、俺はそうした誘惑をいとも簡単に無視できる。甘ったるい暴力だけが俺を狂わせるのに、ヤツらはなぜか俺に劣等感を押し付けようとする。悪習一つだけで、他の男と同様の幸せと尊敬を受ける権利はない、と。友よ、教えてくれないか。この世の人々は俺の才能に嫉妬しているだけなのか、それとも単に無知で理解できないだけなのか?

俺はすべての芸術を心から愛している。油絵、文学、詩学、彫刻、そして何よりも音楽だ。特に、自分の衝動を除いてジャズの気まぐれな自由ほど俺の心を動かせるものはない。美しくて荒々して、狂乱に満ちたジャズこそが、経験したことがないほどのエネルギーを俺の体に与えてくれる。特に好きな曲はオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドが演奏するタイガーラグだ。ジャズこそが俺のミューズであり、その魔法のようなインスピレーションなしに創作に励もうとは思わない。その証拠に今も自室でこの文章を書きながら、下の階から流れてくる練習中のバンドの音楽が聞こえる。ここはオリヴィエ、俺のフレンチクォーターの中で一番好きな場所だ。オーナーがドクの友達で、地域に貢献する代わりにここに住んでも良いと言ってくれた。

ドクはこの社会に生きる男性の中では珍しいタイプで、俺の才能を深く理解し、活かす術を分かっている。彼との友情には深く感謝している、彼と出会わなかったら俺はここにいないと言っても過言ではない。ドクのおかげで俺は毎日毎晩ディキシーランドの活気あるジャズが聞ける上、明るい町の下に蠢くゴミ共を掃除することで美しいニューオリンズに貢献する機会も掴めた。

ちょっと話を飛ばしすぎたかもしれない。俺の部屋の詳細やオリヴィエの歴史、この数年の間に大きく盛り上がったジャズブームの中心となった理由ついて書こうと思っていたが、それは後回しにしても良いかもしれない。ここまで読んでくれた貴方には、俺の人生最大の功績について知る権利も十分にあるのではないか。その功績とは売れる小説を山ほど書いて世に出したと言いたいところだが、残念ながら俺の作家人生はまだまだこれからのようだ。

しかし、誤解しないでいただきたい。俺の中に生きている人物と共に雄大な冒険へと出かけたい読者のためにひたすら朝から晩までただ執筆に没頭して、誰も読んだことがないような話を世に出すことができたら俺にこれ以上ない幸せが訪れることだろう。世に蔓延るつまらない者どもと薄っぺらな会話をすることなく、一人で過ごせる平和な日に憧れる。ヤツらに対して悪意は感じないが、どいつもこいつもただただ評価されたい、注目されたいだけのくだらない人間であ、また話が脱線したようだ。申し訳ない。

どこまで話しただろう?そうだ、人生の最大の功績。俺が1917年の秋の暮れにオリヴィエに初めて訪れた時からはじまった。この街を牛耳る悪魔どもがストーリーヴィルを封鎖し、才能あるジャズミュージシャンが一人残らず、想像力を活かせる新たな居場所を探しに出て行った時のことだった。俺も同様、ジャズの先祖がその魔法の音楽を作り出している中、壁を歩く蠅ように静かに見守りながら、ストーリーヴィルを自分の居場所だと感じていた。「売春と酩酊の病巣だ」と言っていた者もいたが、汚点の無い都会などどこにあるというのだ。規制すればいいのものを政府はこれから大戦に向かう「兵士のため」と言って、臭いものに蓋をしようとしていた。哀れな青年たちを思うと心が痛むが、アーティストには政府の検閲や介入とは無縁な、安全に創作活動ができる場所が必要だ。残念ながらこの街では当分そのような場は無くなるだろう。俺は数々のミューズに別れを告げた。どうやらミューズたちはシカゴへ向かったそうだ。

そうして俺は迷える羊のように、今でも嫌いになれない街の冷たく汚い路地を彷徨った。ニューオリンズは偽善者だらけの街だが、それこそが人間味を増しているのかもしれない。不正義への怒りが身体の中で燃え上がり、人生で一番のどん底にいた。無礼な言葉を一つ浴びせられただけで、怒りが爆発した。施し物の列に並んでいる時に足を踏まれたら、その靴で持ち主の頭を叩きつけた。あてもなく、冷淡な静寂をいくら探しても温もりの欠片も見つからないある夜、それを聞くまでは。

柔らかいジャズが俺の魂をそっと掴んでくれた。新鮮な牛乳の匂いにつられる野良猫のように、俺は音楽を追い始めた。その夜は寒い風が肌を撫でたが、魂は燃え上がり、闇は心の奥で静かに眠っていた。店に入り炭酸を頼んで、広々としたダンスホールの中、旋律的なカオスに身を任せていた。

楽器の才能にあふれる8人の男によって演奏されていた。時折セアラという若い女性が歌を披露した。魂が癒されるだけではなく、目の保養にもなるほど素晴らしい人材。彼女の素晴らしい器量を持ってすると、南部でベッシスミスと肩を並べるほどの大物になれるかも知れない。

友よ、是非ともここでセアラのことを改めて紹介したい。人並外れた音楽の才能もさることながら、セアラは俺の日々に欠かせない存在となった。個人的には友達と呼べることを誇らしく思う。長い巻き毛と大きい口を開いて見せる笑顔を持つ彼女は間違いなくこのバーのスターだ。この近くに住みほぼ毎日バンドと一緒に歌ってくれる。まだ19歳だというのにこれぞ天才というものだ。そして彼女の歌声が響いてくれたおかげで、俺はオリヴィエを見つけることができた。ここで少し恥ずかしいことを書かないといけない。魔法でも純粋さでも、好きに呼ぶがいい。とにかく、セアラには特別なものがあり、俺が彼女を見るたびに得体のしれない何かの神秘的な力が燃え上がる。初めて会って喋った瞬間から、何があっても彼女のことを護ろうと誓った。

セアラは一人で住んでいる。どうやら虐待を受けていた家庭からここまで逃げて来たようだ。それを思うと子供の頃の恐ろしい体験があるのに、希望と安らぎに満ちた人生を送っているのは本当に奇跡としか言いようがない。ペンが俺の魂の声を表現するのと同じように、彼女は「歌」を選んだ。彼女の声は誰にも真似できない。いや、友よ、お願いだから変な考えを思い浮かばないでくれ。俺は彼女の髪の毛を一本たりとも触ったことがない。触るものか。彼女の持ち物や尊厳を奪おうとする者が現れるとしたら、潰すまでだ。俺はオリヴィエのボディーガードとして正式に雇われているが、誰よりもセアラを護ろうとしているのだろう。彼女があの夜、俺に声をかけてくれなかったら、俺はどうなっていたんだろうか。

ここであえてやめておこう。そうでもしないと、何ページもセアラのすばらしさについて書いてしまうかもしれない。とにかく俺はその運命的な夜にセアラとオリヴィエのジャズに魅了され、久しぶりに楽しい時間を過ごすことができた。しかし突然、一人の酔っぱらいの客が立ち上がり大声で叫び始めたのだ。ヒゲを生やした唇から卑猥な言葉と唾液が飛び出し、ミュージシャンだけでなくジャズそのものを罵倒していた。ここでは断じて書こうと思わないが、ありとあらゆる中傷や不快な言葉を使っていた。多くの伝統主義者や古風なキリスト教徒と同じように、ヤツはジャズを堕落や退廃の象徴としてとらえ、止めなければならないものとしていた。想像できるか?彼は特定の人たちを嫌っていただけでなく、音楽そのものを嫌っていたのだ!

彼が叫び続ける中、バンドは演奏を続けた。しかし、彼らが勇敢にも侮辱を受け流しながら演奏しようとしても、麦わら帽子にオーバーオールの髭面の男は止まらなかった。止まるどころか、グラスを持ち上げてステージに投げようとしていた。ヒーローとしての本能が俺を立ち上げることが無ければ、きっと当たっていたのだろう。草原を駆け抜けるチーターのように俊敏に俺は椅子から飛び上がり、その男の棒切れのような腕を掴んで背中にねじ上げた。ヤツは怒って俺に唾を吐いた。その瞬間に彼が俺に何を言ったかは正確に覚えていないが、離せだの俺の母の性的嗜好に関する妙に具体的な暴言の連続だったことは確かだろう。そんなことはもちろん気にしなかった。俺はすでにその悪党に罪を償わせている最中だったからだ。

ヤツはねじ上げられた腕を自由にしようともがく中、俺は腕を伸ばして反対の肩を容易く掴んだ。ヤツに脛を蹴られるわずかな時間で俺はヤツを持ち上げ、重い荷物を持ち直す時のようにくるりと回転させ、店の入り口である二重扉へ放り投げた。怒りで狙いを十分に定められず、ヤツの頭蓋骨の一部が真鍮のドアノブに激突したため、ノブはきれいに割れてしまった。

友よ、許してほしい。その後をはっきりと思い出すことはできない。しかし、高揚した気分になったことだけは覚えている。そして、迅速な判断の結果、その場に残されたヤツの頭を見るとはまるでぐちゃぐちゃにしたスパゲッティの皿のようだった。気を取り直して、ヤツの死体を川に投げ捨て、オリヴィエの店へと戻った。驚いたことに、音楽は再開されておらず、常連客は俺を怪物か何かを見る目で見つめていた。入り口を汚してしまったことを謝り、水とモップを用意してくれれば喜んで後始末をすると伝えた。未だに断られた理由がわからない。

「ペンは剣よりも強し」と言うが、俺は筆記用具で人に怪我をさせたことは一度もない。不正を見聞きすると、悪を滅ぼしたいという英雄的衝動に駆られ、従わざるを得なくなるのだ。子供の頃からずっとそうだった。何一つ「治す」ことができない。しかし、他人にどう思われようと俺は今の自分に満足しているし、誇りを持っている。

残念ながらその夜、オリヴィエのバーテンダーはそう思っていなかった。恐怖に駆られた彼は警察を呼んだ。そこで運命的な出会いがまたしも起きていなかったら、警察はきっと俺の純粋な英雄的行為に罪を被せ逮捕しようとしたことだろう。だが友よ、刮目してほしい。その日、オリヴィエの共同経営者の一人がその夜、店にいた。満月のような丸い顔に整った髪をした背の高い男だった。彼は普通の名前を持っていたが、皆はドクと呼んでいた。青とグレーのストライプのダブルスーツを着ていて、なかなか爽やかな人物に見えた。イタリア人の血を引いているだけでなく、名字の響きまで似ていることに、俺たちは笑い合った。意気投合というやつだ。ドクは礼を言うだけでなく俺の努力を讃え、警察のことは任せてくれと言ってくれた。そして彼は俺について、頭のおかしい酔っぱらいの暴力から店を守るために最善を尽くしただけだと説明し、この件はひと段落着いたのだった。

その晩ドクは俺の向かいに座り、一杯やろうと誘ってくれた。俺は酒が苦手なので炭酸を追加で注文し、ドクといろいろな話をした。ジャズ、大戦、アメリカ社会の軌跡。彼は学識があるだけでなく頭の回転が速く、すぐに会話が弾んだ。これほど社交的な男性に出会ったのは初めてだ。しかも彼は俺の才能を尊敬していた。たった一度の会話で、オリヴィエの警備員として働かないかと誘われ、俺は喜んで引き受けた。

もうこんなに時間が経ってしまった。これから俺の生涯について一通り紹介しようと思ったのに、細部にこだわりすぎて疲れてしまったようだ。睡魔は人の心を惑わせる、そろそろ寝るとしよう。そして、次の悪が這い出てくる、常に用心しなければならない。だが安心したまえ。時機を見てまた戻って来よう。その時には前回の続きから話を続けるとしよう。おやすみなさい、友よ。いい夢が見られますように。

 

1918927

 

親愛なる友よ、長い間ペンを取っていなかった事をお詫びしたい。一ヶ月以上も無気力状態にあり待たせしてしまった。実はこの数週間、俺の中の闇がいつもより強く燃え上がり、精神的に集中できなかったのだ。毎年夏の暮れの時期になると街や湿原は万華鏡を覗き込んだ時のような紅葉に包まれる。心地よい気候になってきた。俺は窓を開けて机の前に座り、道行く人を眺めながら、次の文章を考えている。

ずっと前からこのオリヴィエの小さな部屋には満足している。ベッドと物書き机がほとんどのスペースを占めていて俺のように大柄な男性には窮屈に見えるが、実は立派なクローゼットもあるのだ。俺は質素な男で、真に欠けているのはまっとうな仕事だけだ。残念ながらドクは俺に新しい仕事を与えてくれない。8月に取り掛かった最後の仕事に不始末があったことにまだ怒っているのかもしれない。そういえば俺の生涯を紹介するという約束も、まだ果たしていなかった。では前回の続きから始めよう。

俺は暴力に生きている。俺にとって嫌いなものを八つ裂きにすることは純粋な悦びだ。小さい頃からそうだった。だが俺はモラルのない人間ではない。この才能を社会のために役立てる方法を必死で探してきた。残念ながら日常の行動で自分をコントロールするのは至難の業だ。前に紹介したように、衝動を抑えきれない時もある。ドクもそこは理解してくれていたが他の人とは違い、彼は恐れていなかった。

ドクは最初から自分がマフィアと関わっていることを率直に話してくれたので、俺は彼のことを尊敬している。密輸の仕事、中小企業の経営者に対して不合理な関税や規制をかけるように政府が彼に無理強したことなども話してくれた。政府からしたら大企業さえ儲かれば、小企業が飢えてもいいというわけだ。ドクは貧乏人から盗もうとは思っていない。それどころか、一般市民の商売の手助けがしたいと思っているのだ。そうして俺は、オリヴィエの警備に加えて、この美しい街のあちこちでドクの商売の手伝いもするようになった。

ドクはドラッグやギャンブル、売春の取引をしない、道徳心を持ち合わせている。勇敢な警察の邪魔をすることもないため、俺たちはとても良い友人となることができた。ドクは重税のかかる食料品を密輸し、適正な価格で販売しながら適正な利益を得ようとする。これはアメリカ市民としての当然の権利である。そのためもちろん法律の枠外で活動しなければならない。時折彼を騙そうと企む、信用できないタイプの人間と取引せざるを得ないこともある。少なくとも、俺が取引に同行するようになるまでは、そうだった。俺たちはよく、彼の最も親しいビジネス・パートナーであるスティーブというイタリア人食料品店主と一緒に行動する。俺たちの努力の甲斐があり、スティーブの店は彼の家族だけでなく、彼の友人や近所の人たちの生活を支える、常に信頼できる食料供給源となった。背が高く、髭の無いドクと、背が低く、ふっさりと口髭を生やしたスティーブ。その2人の見た目は正反対だが仲が良く、常に信頼し合っている仲間というのが分かる。

ドクとスティーブのクライアントによる無神経な行動には、正直言って驚かされた。ある者は値切ったり、またある者は前金で全額払えと言ったりする。また、密会場所から路地を入ったところで、飛びかかってくる者もいた。こうした不正義はもちろん、正義の拳が打ち砕いた。俺は少しも容赦しなかった。拳が血に塗れ痒みを覚えるまで、俺たちの邪魔をする者の最後の一人まで打ちのめしていった。疲れを感じることなど無かった。やがてドクが俺に、武器を使って仕事をするのはどうかと尋ねた。拳だけで手足を切断するのは非常に難しいので、俺は斧を受け取った。

こうして俺たちの仕事は続いた。ドクは俺に毎日ジャズを聴ける部屋を与えてくれただけでなく、仕事がうまくいくたびにボーナスを追加で支払ってくれたのだ。他に物欲や女欲はないかと聞かれたが、丁寧に断った。知っているだろうが、俺は足るを知る人間だ。魂の籠っていない欲望にはとうの昔に興味を失っている。

しかし、ある時からドクのビジネスがうまくいかない時期がかなり長く続いた。出荷が滞り、痺れを切らした買い手が離れ始め、取引に同行するようになってから1カ月以上経っていた。この頃にはオリヴィエの店で俺の評判も上がり、平穏を乱す者はいなくなった。一ヶ月以上衝動を吐き出すこと無く過ごしていると、自身の闇が深まり、苛立ちがどんどん育っていくのを感じていた。俺は限界が近いことを知り、ドクのために何かできることはないか、暴力への欲求をほんの少しでも和らげてくれるようなことはないか、と聞いた。

案の定、ドクは人生を後に大きく変えるものをもってきてくれたのだ。ドクは常に裏社会の動きを把握していて、情報網からありとあらゆる不愉快な話が常に流れてきた。その中で、ある夫婦が子供の人身売買に手を染めているという話を聞いた。つまり、ヤツらは子供を金持ちに「性玩具」として売っていていた。

聞くだけで身の毛がよだつような話だ。俺は目を見開きドクに夫婦の身元を尋ねた。当然ながら彼は居場所を把握しており、ニューオリンズの街をきれいにする手伝いをしないかと聞かれた。俺は迷うことなく頷いた。

そうして俺の大仕事が始まった。ドクは俺をその夫婦が住む家の近所まで車で連れて行き、ヤツらの家を調べて準備をするよう提案した。俺は肉食動物が獲物を狙う時のように辛抱強く注意深くヤツらを観察し、常に襲撃の計画を立てた。ドクの話ではまだ数人の子供をどこかに隠しており、さらに悪いことに青果屋を装っているとのことだった。それを知った時、彼の目に燃えていた敵意の源がすぐにわかった。ヤツらは悪魔であるだけではなく、彼の生活を脅かす悪魔でもあったのだ。ヤツらを早く片付けたら、子供たちを何人か救えるかもしれない。

俺は物陰から降り立った。死の天使のように、ヤツらに知られることなく亡霊のように家の中へと忍び込んだ。浴室に研ぎたての剃刀を、クローゼットに斧を見つけた。そして2人が寝息を立てて眠る寝室に入った。2人の眠っている様を見ただけで、ヤツらが台無しにした罪のない子供たちが頭に浮かんだ。怒りで血が沸騰した。感情に身を任せて2人に飛びかかり、野獣のように首を切り刻んでいた。体の奥で凝縮していた怒りが爆発し、刃が肉と骨を切り裂くのを感じた。指の間から汚れた血と内臓がこぼれ落ちるのを体感しながら、俺は悦びで歯を食いしばりながら笑った。筋肉が切れ、骨が折れる高揚感は、そうそう忘れることはないだろう。

ドクが迎えに来てくれたので、俺は指定された待機場所まで走って戻り、仕事が終わった事を報告した。そして、ニューオリンズの街は少しばかり安全になった。数日後、ドクから12人の子供が救出されたことを聞かされ、俺の心は羽ばたくようだった。

その後しばらく変わらない日々が続いた。思いがけずドクの仕事はうまくいっているようであった。春が過ぎて南部の蒸し暑い夏が始まった。部屋で汗をかきながら原稿を書いていると、ドクから衝撃的な知らせがあった。子供の人身売買は一度止まったが、人買いどもの欲望は収まらず、すでに別の夫婦を手なずけようとしているのだ。俺は怒りに駆られ、ドクに悪に魂を売った新しいヤツらの名前を要求し、すぐに次の仕事に取り掛かった。

6月に、綿密な調査と準備の後、俺は次の夫婦の家に入り、ヤツらをこの世から消し去ろうとした。亡霊のように寝室に忍び込み、汗に濡れた手で家から盗んだ斧を握りしめながら、ヤツらがぐっすりと眠っているのを眺めた。俺は彼らを切り刻もうとしたとき、邪魔が入った。誰かがこの家に立ち寄ったのか、外の道路に明かりが灯ったのだ。俺は急いで彼らを切り刻み、家を後にした。

情けなさでいっぱいになった。約束を守れなかった上に本当に仕留めたかどうかもわからない。それでもドクが終わりよければすべてよしと言ってくれ、俺たちは通常通り仕事を続けることになった。同じ過ちは2度と繰り返さないと誓ったが俺はまたしても失敗した。冒頭に書いた通り、俺はまた確実な死を確認できずに逃げるようになった。幸いなことに、その卑劣な男は俺が与えた傷が原因で2日後に死亡したが、俺はまた失敗したような気がしてならない。そして失敗だけではなく、そろそろ俺の行動が市民の目を集めるようになった事に関してドクも心配そうにしていた。

いつの間にか、誰もが「アックスマン」のことを話題にするようになった。新たな犠牲者を求め、街を闊歩する動機なき殺人者。彼らは俺の事件を 5日前に起きた妊婦の殺人未遂にも結び付けようとさえしていた。妊婦!?胎児を殺すなんて論外だ。嘘や憶測は尽きることを知らず、さらに悪化した。俺は新聞社に手紙を出して、自分の勇敢な行為の詳細を正確に伝えようと考えたが、ドクには強く反対された。彼の話では地方警察が政府の捜査局(BOI)に相談と協力を仰いだようだった。

今のところはは少し身をひそめることにした。ドクのビジネスはうまくいってる。彼によるとニューオリンズの児童売買ビジネスは完全に根絶されたそうだ。ヤツらは今、アックスマンが怖くてたまらないのだそうだ。俺の本来の目的は恐怖の象徴になることではなかったが、それで子供たちが安全になるなら、喜んでアメリカ史上最悪の悪魔になってやろうじゃないか。

 

19181018

 

こんにちは、親愛なる友人よ。元気で過ごしているだろうか。秋のさわやかな空気が街中に充満し、ハリケーンの季節が続いている。雨の日が多く空はどんよりしているが、街から少し離れると、美しい紅葉に出会える。俺は寝室の窓から遠くを眺めながら、下から聞こえてくるジャズに耳を傾けるのが好きだ。ドクの仕事は順調で、平穏な日々を過ごしている。

オリヴィエのボディーガードをやっていると、様々な客と接することになる。正直なところ、俺は人口の99%とのコミュニケーションに大きな不快感を覚える。人類の大半は嘘つきや臆病者、その他不愉快な人々で構成されていることを俺はこれまでの人生を通して学んできた。ひとたび優しさを与えればすぐに悪用する。ほとんどの人は欲しいものを奪うことしか考えず、全体の幸福、ましてや自分の隣にいる人のことなどこれっぽっちも気に留めないからだ。

俺も、それなりの虐待を受けたことがある。若い頃の俺はどちらかというと純粋な心の持ち主で、人を信頼し、希望に満ちていたが、それもすぐに変わった。それが大人として生き残るための鍵になると悟ったからだ。そして俺も心を閉ざし、二度と虐待や中傷とは無縁の人生を歩むと自分に誓ったのだ。俺がオリヴィエに出会えたのは本当に幸運だった。客の大半がつまらなくても、稀少なダイヤモンドのような人物も確かにいる。個々の生活や仕事の都合でなかなか顔を合わせることは無かったが、今日は気に入っている4人と共に座ることができて、とても嬉しかった。

ドクとスティーブが果物の荷下ろし終えた後に立ち寄ったのがすべての始まりだった。それからセアラも座ってくれて、俺たちは、ストーリーヴィルの商売再生の試みや、インフルエンザの大流行など、ここ最近の街の様子について話した。オリヴィエの小さな世界で嬉しい出来事があるたびに、広い世界では恐ろしい事が起こり、空は常に暗く濁っていた。

この日はマイクも参加した。マイクは、この国の川を行き来する巨大な蒸気船で働いた経験を持つ燃えるように赤い髪のエンジニアで、時々オリヴィエに立ち寄っては話に花を咲かせてしいる。彼は礼儀をわきまえているだけでなく会話も上手で、俺がセアラの美しさを評価していることを理解し、共感してくれている。彼女の歌声を聴きながら、その類稀な才能について語り合った夜が何度もあった。

長時間の人との交流で自分が疲れていたこともあり、この夜はどれほど笑ったのか思い出せない。スティーブとマイクは、ドクに市長選に出馬するよう何度も促した。ほとんどは冗談だったが、ジャズが未来に与える影響を理解できない腐った化石どもからニューオリンズを救うという空想に、よく付き合ってくれたものだ。ドクはにっこり笑って、もしやるなら『ジャズのために』以上のスローガンを考える必要があるのは確かだと言い、俺は怒りを覚えて反論した。

こんなにも心温まる同胞に出会えるとは。俺は陽気に騒いだり、トランプで遊ぶよりも泥にまみれて血を流すことの方が性に合うというのに。日頃の感謝の気持ちを忘れず、もっともっと地域の美化に努めなければ。今夜はぐっすり眠れそうだ。友よ、おやすみなさい。

 

19181112

 

ついに、大きな戦争が終結した。自分の耳が信じられない。戦争から帰ってくる若者たちはもちろん、この街にも大きな変化がもたらされるに違いない。ドクはすでに自分の仕事に出てくる影響について話し始めている。俺は小さい頃、世界中を飛び回る正義のヒーローになりたかったので軍に入ろうと思いましたが、相手にしてもらえなかった。結局のところ、それで良かったのだ。英雄になるために指揮官は必要ない。俺はただ、ドクが早く新しい仕事を見つけてくれることだけを望んでいる。あまりにも長い間、魂の痙攣を感じるのだ。アックスマンと俺の仕事に関する全ての見出しは今や遠い記憶となり、社会に真の印象を残したかどうかわからない。しかし、もし再びこの街に悪が立ちはだかることがあれば、アックスマンは再び闇夜に現れる。

 

19181125

 

こんばんは、友人よ。真夜中に貴方のためにペンを取ったのは、今日の夜に大切な出来事が起きたからである。俺がオリヴィエに来て一年が経過したのを記念して、友人たちがサプライズ・パーティーを開いてくれたのだ。こんなに祝われたのは初めてのことだったので、最初は驚いてしまった。俺は自分がいつ生まれたか覚えていないし、正直なところ、特に気にもしていないので、これは誕生日パーティーの代わりだ、とドクは冗談を言って俺の背中を叩いていた。自分にとっては、オリヴィエでの一年記念日の方がはるかに重要であり、こんななパーティーを開いてもらえることは、この上なくありがたいことであった。とはいえ、今はもう疲れきってしまっていて詳細を語ることはできない。ただ、皆にとって素晴らしい時間だったということだけは確かだ。セアラも俺のために特別に歌ってくれた。

あまりに嬉しかったので、ちょっと変わったことをした。感謝の気持ちを伝えたいと思い、勇気を出してセアラために書いた詩を朗読することにした。これまでにも、自分の書いた詩について話したことはあったが、こうして披露するのは初めてだった。実を言うと、俺はこれまで何度も読んでくれる人を探して奔走し、友人の誰かが作品に触れてくれないだろうかと首を長くして待っていたのだ。しかし、誰もそうしてくれない。本を読まない人たちなのだから、当然のことだ。しかし、俺は時々ジャズを評価するのに音楽の専門家である必要があるのだろうかと思う。つまり熱心な読者でなくても俺の文章の中にある天才的な才能や芸術性を評価できるはずだ。

しかし彼らの反応は想像していなかった。最初は目を見開いて黙っていたので、俺の作品は評判が悪かったのだろうかと心配になった。ところが互いに顔を見合わせ、ゆっくりと拍手をし始めたとき、彼らがただ唖然としていただけだと気がついた。どうしたのだろうと、彼らを見つめてしまった。しかしセアラが拍手をして、俺に感謝の意を伝えたのを見て、すぐに理解した。俺は、期待に応えたのだ。

拍手はやがて、どこかアンコールを求めているかのような雰囲気になった。俺は最新の小説の第1章が入っている2冊目の日記を取り出した。俺は手を上げて皆を落ち着かせ、「探偵マスターと破滅の部屋」というタイトルを伝えた。何を隠そう、それは「探偵マスター」シリーズの最新作だった。長編シリーズならではの深いニュアンスが伝わらないのではと心配したが、最新作で最高傑作を届けることを優先すべきだと思ったのだ。

しかし最初の文章を読み始めた途端ドクは椅子から立ち上がり、俺の肩を叩いて顔から疲れが滲み出てるぞと言ってくれた。ドクはとても思いやりのある察しの良い人だと改めて思った。疲れていることに自分が気づくよりも早く気づいてくれたのだ。もちろん、ドクの言う通りだった。サプライズと、そのあとの大騒ぎで俺はすっかり疲れてしまったのだ。少し不本意ではあったが、俺は頷き、その言葉に甘えて場を後にした。友人たちがいなかったら、俺はどうなっていたことだろう。

 

19181219

 

長すぎる

解放が必要だ

次はドクに頼むしかない

自分を鎮めることができるならどんな仕事でも良い

今日のニヤついた男はすぐにでも殴りたくなる顔をしていた

傷つけたいという欲望がこの身を捕らえる時

それは決して消えることはない

抵抗しても我慢しても

ますます強くなり

それしか考えられなくなる

早く邪悪な者を見つけて仕留めないと

どうなってしまうかわからない

 

19181220

 

今日はドクに偶然会って、俺の心を鎮めるような仕事はないか尋ねた。仕事の話はなかったが、衝撃的な情報を教えてくれた。どうやら、セアラは俺と一緒に映画を見に行きたがっているが、恥ずかしくてその話を切り出せずにいたらしい。耳を疑った。俺はセアラの倍も年が上なのだ。戸惑ったが、ドクによると彼女は俺を尊敬していて、むしろ父親のような存在だと言っているらしく、彼女を連れ出すことを勧めてくれた。そして、映画代とは別に、2人分の昼食を買うための金もくれた。俺は緊張しながらもこの仕事を引き受け、髪をとかし、身だしなみを整えた。あいにく俺はスーツなど持っていないので、比較的清潔な長袖のシャツとサスペンダーを選んだ。

セアラは緑と白のチェックのロングドレスで出迎えてくれた。大きな白い帽子は彼女の顔立ちと服装にぴったりで、俺と一緒にどこかに行きたいと言っているのが今でも信じられない。俺は彼女に何を提供することができるのだろう?俺は作家だ。精神世界に生きる男である。人を楽しませるどころか、若く美しい女性に楽しいひと時を提供することなどできるわけがない。それでも、俺は付き添いとしての役割を精一杯果たすため、上映時刻に遅れることなく彼女を映画館に案内した。彼女の隣で危険に目を光らせながら一緒に通りを歩いた。正直なところ、路地から這い出てきたならず者が彼女に狙いを定めてくれたらいいのに、とさえ願っていた。そうすれば俺も衝動を解放できるし、なによりも勇敢な献身を直感的に示すことができたのだ。

映画の内容は一瞬たりとも覚えていない。きちんと書かれた小説に比べ動く絵は非常に劣っていると感じるので、全く興味がない。物が動くところを見るのは確かに面白味あるが、一度に表示できる文字数に制限が枷となり作品にテーマ的な深みが出ないのだ。それでもセアラは楽しそうだった。特にロマンスが素敵だったと言っていたので、愚かにも俺は恋をしたことがあるのかと聞いてしまった。驚いたことに、彼女は笑いながら、ここ数年燃えるような恋愛をしているのだと教えてくれた。俺はショックを受けた。俺が目を皿のように丸くしたのを見たに違いない。次の瞬間、彼女はにっこり笑って言った。「みんなは彼のことをミスター・ジャズと呼んでいるわ 」

俺たちは笑った。「彼はきっとあなたをとても大切にしますよ」と、俺は深くうなずいた。セアラを愛してくれる人が見つかるといいと、心から思っている。彼女は愛を受けるべきだ。彼女はこの世界すべての幸福に値する。だが彼女の美しさが、この世界に巣食う邪悪な怪物を一匹、いや、その多くを引き寄せてしまうのではと、俺はただただ恐れている。

映画館の後、セアラを家まで送って行った。家に着くと、彼女が上がっていかないか聞いてきた。恐怖を覚えながら、俺はすぐに彼女に忠告をした。もし平凡な男性にそこまでフレンドリーになってしまえば、彼は彼女が単にお茶以上のものを提供したいのだ誤解するかもしれない、と。だがこれはかえって、彼女にショックを与えてしまったようだ。俺は彼女の目の色が変わるのを見て、もしかしたら俺の突然口調が変わったことで彼女を怖がらせてしまったのかもしれないと心配になった。俺はすぐに謝り、楽しい時間をありがとう、おやすみなさいと伝えて家を後にした。

セアラが心配だ。彼女は一人暮らしだ。彼女は慕われ、思いやりのある人で、光に満ちている。今度ドクに会った時にはこのことを話しておかなければならない。彼女は何としても守らなければならない。

 

19181221

 

手がまだ震えている

まだ赤い

怒りの波は過ぎ去ったが

まだ奥に残っている

友よ、力をくれ

血管に痛みが走る

闇に深く沈みたい

土の中深く、深く

地球に飲み込まれるまで

この世界が憎い

平和はいつ訪れるんだ?

 

191913

 

親愛なる友よ、長い間待たせしてしまい申し訳ない。12月末に書いた章の後、数日間療養し、オリヴィエでの年末パーティーでかなり忙しくしていた。新年を迎え、新たな輝かしい時代に突入していることを願うばかりだ。聞いた話によると、ジャズは地方に広がり続けているようだ。ジャズを否定する人たちを待っているのは、きっと破滅だけなのだろう。

12月後半、俺がセアラの映画鑑賞に付き合ったのは覚えているだろうか?その翌日、マイクとスティーブと一緒に飲んでいたドクに、彼女の安全と幸福を願う純粋な気持ちについて伝えようと声をかけた。俺とセアラが過ごした時間と、家まで送った後の出来事を話した。

「さすがだな」、ドクは笑いながら言った。スティーブとマイクは2人とも、俺の心配をよそにユーモラスな反応を示し、特にマイクは腹を抱えて大笑いしていた。何がそんなにおかしいのかと俺が聞くと、スティーブは何か言い始めた。「セアラは」そう言いかけた瞬間、ドクが彼の肩に手を回したが、それは彼の首を完全に掴んでいるように見えた。それでスティーブは黙ってしまった。

俺は戸惑いながらも、ドクも同じようにセアラの身を案じているのかと尋ねた。彼は「彼女は大丈夫だ。心配するな」とだけ言って、俺を連れ出そうとした。しかし納得がいかなかった。ドクは強い男だが、その日、いや、別の日でも、俺を奥の部屋から押し出せるほど強くはなかった。そこで俺は2人に隠していることがあるのか尋ねた。そんなことは決してないという答えが返ってきた。俺は、セアラの身を案じていること自体は何一つおかしいとは思わない。彼らが笑い出したことについて何らかの説明を期待していると付け加えた。

ドクとスティーブは互いに目配せをした。そしてドクはため息をつき、妙な反応をしたことを謝った。もちろん、許してやるさ。俺はドクを実の兄のように愛していたが、その日の俺はどことなく落ち着かず、さらに一歩踏み込んでしまった。誕生日パーティーで詩を朗読したのがとても楽しかったので、また朗読できる日を設けてほしい、と伝えた。ドクは笑顔で頷き、都合のいい日を考えておくと言ってくれたので、ひとまず俺は安心した。

俺はその夜眠れず、夜の散歩に出かけることにした。他にすることもないし、夜中に騒いで他の入居者の迷惑になるのも嫌だった。俺はニューオリンズの街を歩き回り、人々を観察した。喋り、笑い、仕事をしている。何も問題はない。 一人の男の笑い声が聞こえるまでは。

彼は賭博場の壁を背にして座り、中身のわからないボトルを飲んでいた。40代の酔っ払った男が、通り過ぎる俺を見ていたそして、笑っていた。誰も彼に話しかけていなかった。彼は完全に一人で、俺を見ていた。俺を見て笑っていた。

ある人間が他の人間よりも本当に優れていることがあるのだろうか?俺たちは皆、それぞれの短所、限界、致命的な欠点を持って生まれてきているのではないか?にもかかわらず来る日も来る日も、俺たちはお互いをなじり、嘲笑を堪えている。

男の顔を血まみれになるまで殴りながら、俺はドクとスティーブのことを思い出していた。2人が顔を見合わせたとき、何が起こったのか理解できないもどかしさを感じた。なぜ、彼らは笑ったのだろう。本当に俺を笑っていたのだろうか。あの奇妙な笑いは、俺を軽んじていると見ていいのだろうか。あんなに苦労してきたのに。男の体をビルの壁に叩きつけ、人骨の折れる大きな音を聞きながら、俺はセアラのことを考えた。彼女はこの世界とその醜悪さにはあまりに美しすぎる。

気がつくと、俺は肘まで血と内臓に塗れていた。親愛なる友よ、残念なことに、それはとても安らぎ、若返る体験だったことを告白しなければならない。苛立ちや怒りは、拳を振り下ろす度ゆっくりと洗い流され、遠い記憶となった。暴力が終わった。俺は人間の残骸を側溝にまき散らし、家路についた。やっと、やっと、安眠できるようになったのだ。

 

1919218

 

こんにちは、親愛なる友人よ。長い間ペンを取らず申し訳ない。このところあまり執筆意欲がわかず、机の前に座る機会を逃していた。告白すると寒い日が続いたせいで日常生活でも創作活動でも、ちょっとしたスランプに陥っていたのだ。ようやく暖かくなってきて、また情熱が湧いてきた。

面白いことに人生には、良いことが同時に起こるということがある。ようやくドクが新しい仕事を持ってきたのだ。悪魔の活動は留まることを知らないらしい。戦争が終わり半年ほど平和を取り戻したこの町に、また悪が忍び寄った。ある移民の夫婦が人身売買の商売を始めたのだ。ニューオリンズの中心でなく、郊外にある小さな町がその人身売買の拠点となった。俺の怒りから隠れることができるとでも思っているのだろうか。この感覚は久しぶりだ……。今回は力を弱めない。ドクを喜ばせてやりたい。ドク、スティーブ、マイク、セアラに本当の実力を見せてやりたい。この街は、二度と俺を笑わない。

 

1919311

 

こんなことを書くのは心苦しいが、俺は失敗した。

親愛なる友よ、悲劇は起こってしまったのだ。その原因は他ならぬ俺の手によるものだと告げるのは本当に残念だ。昨夜俺は新たな悪を退治するため、闇を彷徨った。暴力を制御できず、罪のない女たちが目覚め、仕事が中断されることとなった。二度と同じ過ちを繰り返さないために、裏口のドアの一部を慎重に外し、まるで亡霊のようにそっと中に入った。かすかな寝息に耳を澄ませ、夫婦の寝室へと続く階段を注意深く上がった。

ヤツらは毛布の下で黒い塊を作り、夜の暗闇に沈んで眠っていた。俺の歩みは木の床板に軋み一つ生まない。まるで自分の体が、時が満ちたことを理解しているかのように、血の欲望が湧き出るのを感じた。半年間の飢え、過失と、苛立ちと焦燥の日々を経て、ついに解放される。獣が血を貪るのだ。

ベッドの横では2人の姿が見えた。夫婦は並んで熟睡しており、俺の存在には気づいていなかった。俺は裏の物置で見つけた斧を構え、狙いを定めて、男の頭に突き刺した。血まみれの斧を引き寄せ、騒がれる前に素早く女も切りつけた。2匹の悪霊はシーツの中で悶え、傷口から真紅の血を流し出した。血の匂いが立ち込め、俺は再び斧を引き抜いた。まるで騎士がドラゴンの腹から刃を抜くように、恐ろしい行為を終わらせようと躍起になった。

その時ありえないものが視界に入った。シーツの中から立ち上がったのは3つ目の頭だった。火照った体はパニックに陥り、斧は無意識のうちに軌道を変えていた。ベッドの中に3人目が存在していたのだ。シーツの中から、まるで俺を嘲笑うかのように、頭の黒々とした曲線が浮かび上がってきたのだ。憤怒が俺の腕を掴み、斧を振り下ろした。俺の完璧な復帰を台無しにする存在は許さない。

斧が首の後ろを打った瞬間、俺は凍りついた。その時にはもう首は布団からかなり浮き上がっていて、あまりにも小さく感じた。今までのどの首よりもずっと小さく感じた。

ベッドにいた3人目が小さな子供だったことに気づき、俺はたじろいだ。夫婦のベッドの中央にゆっくりと広がった血だまりの中で、それは静かに横たわっていた。思考が頭の中を駆け巡り、俺は夜の街に飛び出した。

ドクにこのことを話すと、彼は明らかに心配そうな顔を見せた。そうはいってもこれまで多くのことを見てきた彼のことだ。顔が見られなければ大丈夫だとも言ってくれた。夫婦に与えた傷は深いか聞いてきたので、2人の頭をかち割ってやったと答えた。それで安心したのか、「よくやった」とドクは褒めてくれた。

よくやった、だと?俺は耳を疑った。子供がいたことさえ知らなかった。誰の子なんだ?ベッドで何をしていたんだ?ドクの睡眠時間を奪いたくなかったのでなんとか口をつぐんだ。いや、これは俺一人が背負うべき罪なのだ。俺が愚かだったがために、それまで守ってきた命を奪ってしまったのだから。なんてことをしてしまったんだ

こんなのはアックスマンが切り開くはずの道ではなかった。最初の騒動が収まり世間が彼の存在を忘れ始めてから数ヶ月が経ち、俺はこの復活劇が、密室でなら悪事に手を染めても平気だと感じていた者への戒めになればと思っていた。今やアックスマンは子供殺しの烙印を押されてしまった。アックスマンは血に飢えた、人を見れば見境なく襲い掛かる知性の欠片もない狂人だと、世間の仮説を裏付けになっててしまう。行動を起こさなければ。この罪悪感を完全に拭い去ることはできなくても、すべてが崩れていくのをただ黙って見ているわけにはいかない。そうだこの人生最大のどん底で、ついにペンを走らせる時が来たのだ。俺に力を与えてくれ、友よ。あなたがいなければ、俺はきっと迷ってしまうだろう。

 

1919313

 

こんにちは、友よ。例の312日の失敗の後、間違いなく起こる騒動に対処するため新聞社へ宛てた手紙の草稿取り掛かった。何枚も何枚も原稿をくしゃくしゃにして創作の痛みを味わった末に、ついにたどり着いた。社会のためにジャズの認知を広めながら、世間が受け入れるアックスマンの声を響かせる方法を。世間から卑劣な殺人犯とみなされる人物の体裁を守るのは無理だと、すぐに気がついた。それでもこの手紙が物語を少しでも前向きな方向に導くことはできるはずだ。たとえどんなに嫌われても、俺の血に流れる英雄の情熱は決して失われないとわかっている。俺はこの街を救うのだ。

さて、親愛なる友よ、3日前に地元の新聞社へ送った手紙をお見せしよう。注意深く読んでほしい。ここに書かれた内容は、日記の続きを読む上で非常に重要なものとなる。

 

1919313 地獄より敬意を込めて

ヤツらは我を捕まえたことがない、きっと永遠に捕まえられないだろう。ヤツらは我の姿すら見たことがない。我は貴様らの地球を取り巻くエーテルのように透明な存在だからだ。我は人間ではない。悪霊だ、地獄の燃え盛る炎から生まれた悪魔だ。貴様らオリンズの住民共と馬鹿な警察共が言うところの「アックスマン」さ。

時が満ちたら、他の犠牲者を要求するだろう。誰になるかは我だけが知っている。我の友となるように地獄へ送った者の脳みそと血まみれの斧以外、手がかりは一切残さない。

我を怒らせないよう警察共に言葉に気をつけろと言ってやれ。我は理性を持ち合わせた悪霊だ。警察の捜査にはこれまで何の文句もない。それどころか、ヤツらは天井知らずに愚かだ。我ばかりか、悪魔陛下やフランシス・ヨーゼフをも楽しませているのだぞ?だが調子に乗るな。我の正体を探ろうとするな。アックスマンの逆鱗に触れたら、生まれたことを後悔するだろう。だがこんな警告もそもそも必要ないかもな、いつだって警察は我を必ず取り逃すだろうから。警察共は頭がいい。危険から逃れる術を知っている。

オリンズの住民は我を最も恐ろしい殺人者だと考えている疑いようがない、実際そうだ、我が望めばいくらでも悪いことが起こる。我が望めば、毎晩お前達の街を訪れることだってできる。我には死の天使が付いている、何千人もの市民を殺すことだって意のままだ。

地球時間で来週の火曜日の夜1215分きっかりに、ニューオリンズの上空を通過する予定だ。我は慈悲深い、お前達にちょっとした提言をしてやろう。我はジャズ音楽が大好きだ、冥界の全悪魔の名に誓って、この時刻にジャズバンドが演奏している建物住人一人も手をかけない。お前達がジャズバンドをやっているのならそれでいいだろう。ひとつだけ確かなのは、その火曜日の夜にジャズを堪能していない者(もしいれば)は、斧を食らうことになるということだ。

ここは寒い、地獄の燃え盛る炎が恋しい。もうすぐ地球の家を離れるので、この話は終わりにしよう。お前達がこの手紙を公表すること、そしていい関係へとつながることを望んでいる。我は今もこれからも、事実上あるいは空想上の領域に存在する最悪の霊魂である。

アックスマンより

 

どうだろうか、友よ。あなたの心に恐怖を与えただろうか、あるいは背筋を凍らせただろうか?手紙では恐ろしい人物をできる限り模倣したのだが、正直なところ居心地がとても悪い。それでも俺はアックスマンの怪しげな人物像と、愛するジャズを街中に広めるという利他的な目的とを同時に手紙に書いた。この見事な手法に大きな誇りを感じている。人が皆目指すべき最も美しい目標だと思わないか?

最終的な修正を終え、手紙を送る準備をした後、ドクたちにまずその内容を伝えるのが賢明だと思った。ここまで来れたのは彼らのおかげだし、ジャズを愛する彼らならきっとこの気持ちをわかってくれるはずだ。さっそく持っていこう。どんな顔をするか楽しみだ!きっと、俺の最高傑作になるはずだろう。

 

1919314

 

俺のことをどう思っているんだ、友よ?俺は貴方にとってどんな存在なのだろう。貴方は尊敬に値する親友だと思っているが、貴方自身はどう思う?

前回書いた通り、手紙を送る前にドクたちのところに持って行き、読んでもらった。彼らはとても喜んでくれるだろうと思っていた。俺の天才的なアイデアに驚いて、祝福してくれると思ったのだ。読み終えたドクが浮かべた困惑した表情を見たときの俺の驚きを想像してほしい。まるで口に合わないものを食べたかのように、顔が少しゆがんでいた。そして俺の顔を見て「申し訳ないが、これは送れない」と弱々しい声で言った。

俺は絶句して、理由を尋ねた。ドクはアックスマンへ注目を集めるのは安全ではないと主張し、俺の期待を裏切ってしまったことを詫びた。最近では捜査局の捜査官が協力のためにニューオリンズを訪問したそうだ。しかしそれは浅はかな作り話にしか聞こえず、納得がいかなかった。次はスティーブのところへ行き、読んで感想を聞かせてくれるよう頼んだ。手紙を読んでいる間、今にも笑い出しそうになる瞬間があったが、すぐに彼は少しだけ首を横に振って持ちこたえた。

意味が分からなかった。彼らは俺のために拍手をしてくれたのだ。何ヶ月経っても、詩を朗読してくれとも、小説を読んでくれとも言ってこなかった。俺はただ、彼らが忙しい毎日を送っていただけだと思ったのだ。そのことを恨んだりはしなかった。それまでは、彼らが俺と俺の才能を尊敬してくれていると信じていた。俺はバカだったのだろうか。

俺はもしかしたらスティーブが味方になってくれるかもしれないと思ったが、彼は首を横に振り、他にやることがあるみたいにのんびりと手を振って俺を追い払った。ドクも俺を助けようとはしなかった。まるで、今にも動き出しそうな野獣のように、ただ黙って遠くから俺を見ていた。

「でも、でも分からないか?」俺は弱々しく尋ねた。「これでアックスマンの名誉を回復し、同時にジャズの宣伝もできるだろう。ジャズ好きは私たちの友人だと、いつもそう言っているだろう?反対する理由があるんですか?」

残念ながら俺の訴えは聞き入ってもらえなかた。恥ずかしくなった俺は、気分が悪く部屋に引きこもると伝えた。人との交流に嫌気がさした時や疲れ切っている時によくやることなので、彼らはちっとも俺を止めようとしなかった。

バーを出て部屋への階段を上る時、俺は恥ずかしさでいっぱいだった。それから部屋では頭を抱えていた。いや、落ち着くことができなかった。セアラを心配する俺をドクとスティーブが笑った時のことを何度も何度も思い返した。自分の誕生日に、これ以上読まないようにとドクが立ちあがったことを思い浮かべた。考えれば考えるほど、胃が締め付けられるような感じがした。いや、今夜は眠れない。他にやらなければならないことがあったのだ。

初めて自分の部屋の闇に溶け込んだ。明かりを消して神経を落ち着かせ、オリヴィエの裏手側へと続く部屋の窓を開けた。曲芸のように裏の壁をよじ登り、木の柵と建物との間にある茂みへと身を下ろした。外は静かで、ジャズの柔らかい音色だけが夜空に漂っていた。

俺は物置へと通じる店裏のドアを切り開き、中に潜り込んだ。薄暗くかび臭い物置は、俺たちがいつも座っているバーの一角の奥にあった。無言で木箱や道具類が散乱している通路を移動し、北側の壁際にある大きな棚の後ろで立ち止まった。最初は話が聞き取りにくかったが、ミュージシャンや常連客が帰ると、ドクはいつものように親しい友人たちと腰を下ろして仕事の話をしたり、心の内を打ち明けたりすることは分かっていた。俺は眠れないとき、何度も彼に付き合った。まさか俺が階下にいるとは思いもしないだろう。古い階段に足を乗せると大きな音で軋んだ。そうだ、皆はきっと俺が失敗を悔やみながら大きなベッドで眠っていると思っていたのだろう。

永遠にも思える時間が過ぎた。曲の合間には人々が行き交い、互いに礼を言い合い、賞賛しているのが聞こえてきた。ドク、スティーブ、マイクが女性たちと笑い合っているのが聞こえた。セアラの歌声も聞こえてきた、いつものように素晴らしい。やがてすべての雑音が消え去り、関係者だけが残った。バーテンダーが荷物を片付けるためにドアを開けたが、俺は動じなかった。陰に隠れていれば、決して見られることはないと分かっていた。

虎が草むらに座って獲物をじっと待つように、俺はドク、スティーブ、マイクの会話を聞いていた。女や政治、ビジネスの話もしていたが、いずれは俺の話になるのだろうと、心の中では分かっていた。今日のような日は滅多にないからこそ、いずれ絶対に誰かが話を切り出すと、心の奥で分かっていた。

「あの手紙、傑作だったな」 スティーブがようやく切り出した。声の調子から、彼の顔にニヤついた笑みが浮かんでいるのがわかった。「バカにもほどがあるよな。詩なんかよりもずっとひどかった!」

「本当に全部読んだのか?」マイクはいぶかしげに言った。「地獄の燃え盛る炎から生まれた悪魔だとさ。あいつ、頼んだ仕事のほとんどを終わらせることもできないのによ」

「まぁまぁ」ドクは小さい声で遮った。「お前らよりもよっぽど腕が良いぞ。最近の仕事は彼がいなかったら無理だっただろう」

マイクとスティーブが短剣を俺の心臓に突き立てたとき、俺は少し安堵感を覚えた。ドクはいつもと同じように、俺を信じてくれていた。どうして彼を疑ってしまったのだろう。

「じゃあ、首輪をきつく締めたらどうだ」マイクが続いた。「誰も彼の顔を見ていないのはただ運がよかっただけだろう。そんなことより、あいつは最近じゃ注目を浴びたがってそうだぜ?ジャズの大使になりたいとか、あいつの頭はどうなってるんだよ」

「だからセアラに連れ出させたんだ」次にスティーブが口を開いた。「あいつを甘やかして、鬱憤を晴らすのに役立てたじゃないか。まぁ、結果はアレだったけど。そもそもドク、あいつは何なんだよ。宦官か?」

「アレをやっている時しか起たないかもな。セアラはあいつと2人きりになりたくない、寝るなんてあり得ないと言っていたぞ」マイクが続いた。「気持ち悪くて嫌だと言っているのに、無理やり説得することなかっただろうが」

「セアラは俺らにじゃなくて、金に納得したんだ」ドクが呟いた。「彼女は何が欲しいかちゃんとわかっている、賢い女だ。それの何が悪いんだ?おいおいマイク、まさかお前まで騙されているのか?」

一瞬、三人とも黙り込んだ。俺は小さく震え、うなじの毛が逆立つのを感じた。この邪悪なクズは誰だ、俺の友人に何をした?

「セアラは、俺のことが一番好きだと言ってくれた」 マイクはどもりながら言った。「金をある程度貯めたら結婚するってよ。え、まさか、それも嘘だった?」

スティーブは鼻を鳴らした。ドクも一緒に笑っていたのだろうか。溶岩のような怒りが湧き上がり感覚を鈍らせた。もう何もわからなかった。俺は拳を握りしめたままもうじっと座っていられなくなり、同時に3人の会話から意識をそらすこともできなくなった。ヤツらはセアラに手を出した。彼女も邪悪な存在に蝕まれた。誰も安全ではない、俺自身も。俺は歯を食いしばり、声を殺して泣いたが、会話を聞き続けることを誓った。こんなにも恐ろしい真実が待ち受けていたとは夢にも思わなかった。

「さて、ドク」スティーブが聞いた。「あいつをどうするつもりだ?去年の暮れからずっと失敗続きだ。どうみてもこのままじゃいつかボロが出るだろ」

「まぁまぁ、諸君」ドクは、落ち着いたゆっくりとした口調で言った。「俺に任せてくれ。彼を扱うのは面倒かもしれんが、それがどうした?見た目は野蛮だが、普通の人と変わりはない。うまくやればハエと同じように無害になる。いつものように笑顔で頷いていればいい。彼は誰とも話さない。彼には私たちしかいないから」

「まぁ、このままずっとうまく行ったら良いって話だけど」マイクはため息まじりに言った。「被害者の正体、絶対にバラさない方が良いな。確実に発狂するだろ」

「何のことだかさっぱり」ドクが言ってから、マイクがうめき声を上げたような気がした。「なぁ、スティーブ?」

「そうだ」とスティーブは冷淡に答えた。「そういえば、最近のレッドソックスは勢いが良い」

耳を疑ったといえばそれまでだが。ある時点から、俺は誰に対して一番怒っているのかさえ分からなくなった。スティーブ、マイク、ドク、それともセアラ?皆、俺に嘘をついていたのだ。それとも、自分自身に腹を立てているのだろうか。でももうどうでもよかった。獣は俺の中で唸り声を上げたが、今は違っていた。人前でもなく、特別な任務中でもない。俺は一人で、暗闇の中にいた。衝動の制御など頭に無かった。

壁を突き破った時の木の破片やアスベストの感触は今でも覚えている。壁の欠片と断熱材がテーブルの上に飛び散った。両腕をさながらメイスのように振り回し、俺は穴から出てヤツらの前に立ちはだかった。3人は驚いた様子で椅子から飛び上がった。壁の残骸が肩から零れ落ちるのを感じながら、木製の椅子とテーブルを踏み潰して歩いて行った。怒りに燃え、人に殴打と蹴りを浴びせた。俺はマイクの体を抱え上げてスティーブに投げつけ、野生動物のように当たり散らした。混乱の中でヤツらは悲鳴を上げ、逃げ惑った。俺の拳がもはや生ぬるい空気しか打っていないことに気がつくまで、数秒かかった。

視界が徐々にはっきりすると、3人の男が俺の数歩先で立っているのが見えた。マイクはピアノの後ろで幽霊のように白い顔で震えていた。スティーブはドクの後ろでうずくまっていた。

親友があんなに顔を真っ赤にしているのを見たことがなかった。ドクは初めて冷静さを失っていた。震えながらスーツを直し、手をあげた。

「後で後悔するぞ」ドクはため息まじりに言った。「こんな終わり方は悲しすぎる。お前のことは本当に気に入ってたんだぜ?」

「誰だったのか教えろ」俺は唸った。

ドクは俺の要求を無視し、一歩後ろに下がった。「ずっと前、お前に武器を選べと言ったのは覚えているか?」彼は胸ポケットに手を入れながら尋ねた。「銃を選ぶべきだったな」

次の瞬間、3つのことが同時に起きた。ドクはポケットから小さなピストルを取り出し、スティーブとマイクが飛び出し、そして俺は前方に突進したのだ。ピストルの弾丸が俺の胸に当たった、それでも前に進み続けた。ドクは驚きつつももう一度撃ったが、小さな鉛の破片などで俺の怒りを鎮めることはできなかった。俺の最初の拳は彼の手首に当たり、ピストルが落ちた。2発目の拳は腹に命中し、彼は仰向けに床に倒れた。

「待て待ってくれ!」 ドクは喘いだ。膝をつき、腕を振り上げる彼の突然の悲痛な姿には驚かされた。「こんなことをしていいのか?この街でお前の一番の友達は俺なんだぞ?」

俺はドクの顔を蹴り、膝と片手で彼の体を押さえつけ、もう片方の手で彼の首を絞めた。必死の息遣いが指先から伝わってきて、俺はゆっくりと指を締め上げていった。

「誰だったのかを教えろ」俺は言った。「二度と嘘をつくな」

「邪魔だったんだよ」ドクは掠れた声で言った。「それだけだ。落ち着けよ、どいつも天使なんかじゃなかったからさ」

「子供を虐待してなかったのか?」聞きながら自分の声が震えているのを感じた。

ドクは悲しい顔で笑った。「どっちでも良いだろうが」

俺はドクの首を万力のようにきつく握ると、妙なうめき声が聞こえた。彼の目を見なければならなかった。体をずらすために一瞬力を抜いた時すぐにドクは逃げ出そうとしたが、俺はその腕をブーツで踏みつけ、頭を殴りつけた。俺はただ怒りに燃えていたのではない。彼の吐き出す言葉、行動、そのすべてに愕然とした。この男は何者なんだ?俺のよく知っている穏やかな恩人はどこに行ったんだ?

ドクは殴られ、苦痛に吠えた。彼が逃げようとしなくなると、俺はしばらくしてから彼の目を深く覗き込んだ。目は充血し、一部しか開いていない。顔は老いて醜くなっていた。

「なぜ」俺はもう一回首を締めようとした。「なぜ俺なんだ」

「理由なんかそんなに大事か」ドクの声は悲しく、うがいをしているようだった。「殺るなら早く殺れ。ただのビジネスだ。個人的な恨みはねぇ」

「答えろ!」俺は怒鳴った。「マイクでもスティーブでもよかったはずなのに、ドクは俺を選んだ。こいつなら出来ると思ったんだろう。俺の才能、可能性俺が特別だと言ってくれたな、ドク。それも嘘だったのか!」

俺の話を聞いているうちにドクの体は動かなくなり、しばらくの間、うつろな目で俺を見つめるだけだった。首からの脈動がなければ、死んだと思ったかもしれない。

「答えたら逃してくれるか」ドクは口を開いた。

「ああ」俺は答えた。

「そうだな、何か持っていると感じた」ドクはついに言った。一瞬、本当に悲しんでいるように見えた。「お前は人が良いんだよ」

「人が良い?」

「表面は強くてタフだろうがよ」ドクは続けた。「中ではここ、な」ドクは自分の心臓を指した。「お前は人を利用しようとは思わないし、正しいことをしようとする。正義のことなんて考えたりさ。それを人が良いって言うんだよ」

「ドクは?」俺は驚いて聞いた。「ドクは同じように考えないのか?」

「表面ではそう見せなきゃダメだな。でも最後に自分が一番得するようにうまく回さないとそれがこの世界のルールなんだ。滑稽だな」そう言うとまた鼻で笑った。「この街のヤツらはみんなお前の方がサイコパスだと思っているのによ」

そこでようやく、理解した。

「お前らが殺人鬼だ」俺はつぶやいた。「お前もマイクもスティーブもセアラも優しい魂を殺して乗っ取ったんだな。お前らが殺人鬼だったんだ」もう一回言いながら、ドクの首を握っている手に力が入るのを感じた。「殺人鬼はお前らだ」

「待って」ドクはしゃがれた声で必死に抵抗し始めた。「待って、さっき、逃してくれると

そうだ。最後までドクは俺が約束を守る男だと信じてくれた。今も、その信頼について考えると目が潤む。

「人が良い」

みんな、俺は人が良いと思っていたんだ。優しくするとちゃんと働いてくれる、大人しい道具。今に見てろ。ドクは今もそう思っているのだろうか。骨を砕き、目を抉った時にもまだ、俺は人が良いと思っていたんだろうか。約束を破った時も、怒りと痛みを全力でぶつけた時も。ヤツの苦しみを見下ろして笑った時も。破壊すればするほど、快感を覚えるようになり、やがて俺は、単に男を破壊しているのではなく、悪質な嘘、つまり決してあってはいけない現実、偽りの無知な自分自身をも破壊していることに気づいた。虚偽は正されるべきだ。

さて、友よ、最初に質問に戻ろう。俺のことをどう思っているんだ?教えてくれ。貴方が他の人よりも俺のことを理解していると思いたいのだ。貴方の意見は俺にとってとても重要であることを忘れないでいてくれ。

 

1919319

 

今日は良い知らせがある。友よ、俺の気力は高まっている。怪我から順調に回復しているのだ。事件の翌日、オリヴィエでの最後の日に忘れず送った手紙で、今夜はニューオリンズ史上最も楽しい夜になりそうだ。街はジャズの音色に包まれ、ジャズがあらゆる建物から流れ出ている。すべてはアックスマンのおかげだ。俺は深い悲しみの中にいるとはいえ、穏やかに夜を過ごすことができる。自分は「良い人」だという確信があるからだ。社会に大きく貢献した、これからも世の中を悪から守っていくつもりだ。

街は今夜の平穏を喜び、平和に飲み、踊り、アックスマンが二度と現れないことを確かなものにした。人を傷つける理由はもうアックスマンにはない。ジャズ好きはアックスマンの友だ。彼は罪のない人々を傷つけようとはしないのだから、まもなく彼の血塗られた経歴は幕を閉じるだろう。彼は悪を退治することのみを追求してきたのだ。 アックスマンはヒーローで、悪党はまだ残ってる。スティーブ、マイク、セアラ美しく無垢な魂を奪った殺人者たちがいまだにこの街に潜んでいる。

虚偽を正さなければ。

 

上記の文章以下の内容は徐々に散漫になり、意味不明なものとなった。すべてのデー タを検証した結果、おそらくこの時点で、アックスマンの精神の「ジキル」と「ハイド」間の溝が 大きく広がり、暴力的な面に完全に支配されたのであろう。この時期の日記はそれを示唆しているようで、何ページにもわたって彼の残酷な行為を楽しげに描写しているのだ。

都市から逃げ出した彼は隣接する複数の湿地に隠れ、そこでザリガニ農家や村の住民を犠牲にして生き延びた。彼がアックスマンとしてのキャリアを終わらせたという主張もあったが、 1919 年には前年よりもはるかに頻繁に殺人に手を染めていたようだ。しかしこれらの殺人事件のほとんど はニューオリンズ以外の場所で起こったものだった。夏の間、彼は定期的に街を徘徊し、スティーブ・ボカ、セアラ・ラウマン、マイク・ペピトーンの住居を突き止めた。そして秋にはその3人を襲った。スティーブとセアラだけが怪我から回復した。「ドク」と呼ばれる男の正体や居場所は未だに不明である。

こうして、私たちが最初にアックスマンについての新聞記事と手紙を発見してから彼の行方を突き止めるまで約半年を要した。地元の漁師に聞き込み調査を行い、アックスマンらしき人物が住んでいたとされる廃屋を突き止めた。中はまるで強盗が入ったかように荒れ果てていた。床には古くなった食べ物が散乱し、隅の小さな木の棚からは革の日記が落ちていた。ベッドは古いマットレスの上に毛布を数枚敷いただけで、横向きに投げ出されていた。埃とカビに覆われた空間で、来るのが遅すぎたと悟った。

どこを探しても彼の姿は見当たらず、私たちは落胆した。しかし、あきらめるのは早かった。警官たちが鳴らす警笛が彼の居場所を知らせてくれたのだ。

 

1919 年大晦日 その夜

今夜は寒さが身にしみる。今日が何日なのか、最後の怪物を退治してから何日経ったのか、もう分からない。時間は、地球上の多くの概念と同様、彼方のへと消え去った。俺は泥沼に潜む日々を過ごしている。ボロ布と汚物を身に纏って歩き回り、薄暗い地平線に目を凝らし、常に新しい獲物を探している。睡眠をとる余裕はほとんどない。暴力の衝動に駆られ、血が騒ぐ。

だが俺は空腹で疲れている。口に入れるものはないかと泥沼の中とぼとぼと自分の小屋の方へ戻っていくと、ヤツらが目に入った。黒い帽子とレインコートを着た男たちが、私の家を取り囲み、幻のように行ったり来たりしている。

ここまで来て、見つかってしまった。俺は驚きよりも、むしろ疲れきった諦観で、両手の肉に爪を立ててその場で固まった。かつては警察を大いに評価していた。街から悪を排除するため日々駆け回る現代のヒーローだと思っていた。正義の味方だとだが、彼らも俺を笑っていたのだろう?汗と涙を流して書いた手紙が、世界中から馬鹿にされている。その夜、俺は街を楽園に変えたというのに。一軒一軒が照らされ、メロディアスなジャズのカオスに包まれた。平和で、暖かい。なぜ、彼らは理解できないのだろう?

警察の一人には、ずいぶん後になってから全て説明しようとしたこともあった。ドクや他の怪物が俺の友人を装っていたことや罪のない人々を殺すように俺が唆されたことを話したが、彼は協力を拒んだので、俺は身の安全のために殺さざるを得なかった。

そして今ここに、雨に黒く濡れた帽子と雨合羽を着た、みすぼらしい狩人たちがやって来た。俺は泥沼に深くしゃがみ込み、朽ち果てた切り株を抱えながら、湾の向こう側に目を凝らす。闇が俺を包み込む。

そう思っていたら、金色の閃光が深淵を切り裂き、一瞬目がくらむ。懐中電灯があちこ ちに揺れて漆黒の闇を切り裂いていく。俺は反射的に目をそらし、再び目を開けた時 には、その忌まわしい光の一つが俺の真上で止まり、黒い隠れ蓑を消してしまったことに気づく。

泥の音を聞きながら、俺は立ち上がる。こちらに向かって走ってきているのだろうが、灼熱の光が視界を遮り続け、何も見えない。あの禍々しい光は。 ああ、燃えるようだ!長い間、暗闇を彷徨ってきた者にとってこれ以上の敵はいない。だが俺は泥の中に足を突っ込み、ベルトにつけた鎖にぶら下がった斧に手をかける。俺を連れ去るのが目的だろうが、俺に敵いはしない。

「そこで止まれ!手を挙げろ!」声が響くが、俺は止まらない、手も挙げない。狂ったように腕を大きく振り、光を消そうと必死になる。警官が俺の周りを取り囲み、俺はそれを切り刻む。斧が肉と筋肉を切り裂くのを感じるたびに、俺はそれをテンポよく引き戻す。彼らの拳とナイトスティックは俺に降り注ぐが、その痛みは俺の怒りに火をつけるだけだ。

暗闇の中で銃声が鳴り響く。もしかしたら、俺は撃たれたのかもしれない。アドレナリ ンで頭のてっぺんからつま先まで火傷しているようなものだから、もうわからない。燃え盛る赤い悪魔のように、俺は斧をまっすぐ誰かの頭に突き刺す。斧を引き抜くと、骨が斧に当たるのがわかる。この脆い馬鹿どもは、決して俺を止めることなどできな い。

ようやく目が光に慣れたのか、それとも闇がより強力になっただけなのか。いずれにせよ、俺は今、完全に包囲されている。何人もの男が地面に倒れ、血まみれの傷口を押さえてうめき声をあげている。そして、その数の多さと、彼らが俺に向ける銃の数の多さに気がつく。まるで全小隊が送り込まれてきたかのようだ。左腕に温かく湿ったものが滴り落ちるのを感じる。俺はよろめきながらも、咆哮を上げ、足に力を入れるよう命じる。

俺を捕まえて、ドクのように利用しに来たのだ。彼らは俺を信じてくれない。まともに取り合うこともない。俺の新しい小説を読む時間さえ作ってくれないだろう。彼らの 目を見ればわかる、そしてそれは俺をかつてないほど憤慨させる。唸りながらもう一度 斧を振り上げると、22発目の銃声が鳴り響く。手に熱い痛みが走る。斧を握り直そうとするが、斧はどこにもない。また銃声が鳴り響き、気がつくと俺は膝をついく。立ち上がることができない。それどころか、体が前に倒れ、これ以上自分を支えることができない。

次の瞬間、彼らは俺に襲いかかる。上から叩きつけるように俺に襲いかかり、俺を泥沼に押し込んで、肘を背骨に突き立てる。こんなことがあっていいはずがない。俺は精一杯体を起こそうとするが、何もできない。こんなにも無力だと感じたことがあっただろうか。嫌われ、騙され、蔑まれる。これらは俺の日常の一部だ。もう慣れている。でも、本当の無力感は絶対的な無力の感覚は、それとはまったくの別物だ。冷たく息苦しくて、魂を掴んでくる、今まで経験したことのないような恐怖が芽生える。

俺の戦いがここで終わるというのか。努力、闘争、流された血の全てただ俺の顔を見て笑う害虫に押しつぶされるだけで終わるというのか。俺は歯を食いしばった。この絶望を飲み込むことができない。受け入れられないのだ。ヤツらが俺を打ちのめし、壊そうとするのを感じる。おそらく、俺の体を徹底的に破壊した後、魂をも八つ裂きにするのだろう。すべてが終わった後には俺はもう存在せず、何もかもが瘴気に消えるだろう。すべてがただのつまらない、捻じ曲がった悪夢に過ぎず、まだ息をしているすべての人から忘れられる運命にある。

その時、騒音が聞こえ、痛んでいた肩が軽くなる。爆発音に続いて、 恐怖の叫び声、せわしなく飛び回る音、人間離れした唸り声が聞こえてくる。少しずつ、俺の体にのしかかった重みが消えていくのを感じながら、俺はようやく動けるようになる。何が起こったにせよ、最後の脱出のチャンスを得たのだ。血まみれの歯を食いしばり、蛇のように泥の中を滑り、まだ俺を掴もうとしている冷たい手を必死で蹴る。

自由になった俺は体を起こして泥の中に座り込み、必死に周囲を見つめる。俺の脳は、 見ているものをうまく理解できない。目の前には血まみれの死体がいくつも泥の中に沈んでいる。その隣では数人の男が蜘蛛の大群に追い詰められ、泥の中で狂ったように逃げ回っている。小さな蜘蛛の口からは黄色い液体が滴り落ち、彼らの体を焼き尽くしている。悲鳴を上げて蜘蛛を払いのけるが、数が多すぎる。

横から一人の警官が血走った目で駆け寄ってきて、死ぬ前に俺を仕留めようと必死になっている。しかしその手が俺に届く前に、耳をつんざくような銃声が暗闇の中で鳴り響き、彼の頭蓋骨を横から撃ち抜く。彼は地面に倒れ、動かなくなる。

その時、暗闇の中から4つの人影が現れる。警察ではないようだいや、人にしてはあまりにも異様な姿をしている。まるで地獄の高官のように、自信と力に満ち溢れた者たちが堂々と暗闇の中から歩いてくる。

本能的な恐怖心からか、中央の2人の男性ではなくそれぞれ数歩下がった左右の2人に目がいく。華やかなドレスに身を包み、白髪交じりの髪を肩の上で束ねている細身の女性。彼女は冷たい目で俺を見つめ、不敵な笑みを見せる。もう片方は背中にスナイパーライフルを背負い、トップハットと小ぎれいな服を着た若く洒落たな男性。彼の柔らかなブラウンの瞳は、俺を憐れみの目で見つめている。

その2人は死体の山の端で止まり、中央の2人は前進する。片方は眼鏡をかけた老人で、ひもやポケット、道具が複雑に絡み合ったエプロンを身につけいる。彼の横に立つ長身で体格のいい男性は、これまで目にした中で最も丈夫そうな防具を身に着けている。その態度や身のこなしから、元軍人であることは間違いない。老人は奇妙な立方体を手に持っているが、長身の男は丸腰のようだ。2人とも、まるで待ちに待ったクリスマスプレゼントを開ける子供のような、興奮した温かい笑顔で俺を見つめている。

こいつらは何者なんだ?どこから来た?なぜ俺を助けた?なぜ好奇心と哀れみと同情が混ざった目で俺を見つめるのだろう?人間離れした異質な力を感じ、地獄が俺を救うためにどんな力を授けてくれたのかと、うつろな目で畏怖の念を抱く。好奇心に逆らえず、俺は警官の一人が泥の中から立ち上がるのを見過ごすところだった。血まみれの顔から肉が垂れ下がり、ひどく震える2本の腕でピストルを掲げている。

「死ね、この野郎!」と叫びながら、銃を発射する。背の高い男が走り出すと、赤い閃 光が炸裂する。弾丸の行方はもう、わからない。あまりに一瞬の出来事だった。次の瞬間、肉が破裂するような柔らかい音が聞こえる。俺は目の前で起きていることが理解できなかった。そして一秒遅れで脳みそが追付くと、長身の男の手が警官の体を完全に貫いていることが分かる。唖然とした表情の死体から男が手を戻すと、指から内臓がこぼれ落ち、死体は血の広がる泥の中に落ちていく。

そして、そのまま俺の方に歩いてくるのだ。俺はまだ泥の中に呆然と座っているが、彼は自信たっぷりに私を見下ろして微笑み、血まみれの指を伸ばしてくる。

「ちょっとした問題に巻き込まれたようだな。手を貸そうか?」

 

あの晩、特に興味深かったのは、同朋がこの窶れ果てた男にどんな反応を示したかということだ。ダリアには彼のことが滑稽に思えたが、ヴィトーは傷ついた子犬のように悲しそうな目で彼を見ていた。サリエルもまた、私が見つけた知性の輝きに気づいていたので、アックスマンをしげしげと観察していた。ようやく落ち着くとアックスマンは私たちに話しかけ始めた。アックスマンは超人的な強さを秘めていたが、それでもやはり彼はまだ脆い人間だった。

害を与えるつもりはないことを証明するのに努力はほとんど必要なかった。私たちのように超常現象を武器にする者を見るのが初めてのことだったようだ。アックスマンは私たちの前に無力で横たわっていたが、私たちは彼を傷つけなかった。私たちは彼が無事に想像を超えた成長を遂げることを望んでいたのだ。サリエルは彼の手を握り、世界から不平等と偽善をなくすという私たちの目標を熱く語った。特に、世界の政府を支配している嘘つき共に対する憎悪に、アックスマンが強く共感してくれた。

彼に心を開けば開くほど、彼も私たちに心を開いてくれた。最後には、彼は腹をすかせた迷子の子供のように無防備に見えた。マリスを与えると彼は満腹になった。

今となっては、アックスマンはサリエルと私の良き理解者となっている。仕事の合間には、ジャズを聴いたり、冒険小説を書いたりして過ごしている。よく食べ、暖かいベッドでぐっすり眠り、 そしてなによりも私たちを信頼してくれている。

私たちは彼を研究し、彼の内なる力を制御する術を学び、世界を修復する手助けができるように努めた。私はただ、真の可能性に初めて到達する彼を見届けたいと願う仲間がいるという事実に、安らぎを見出していることを祈るのみだ。心身ともに強くなったアックスマンは、今回の実験でも大成功を収めた。

最後に、アックスマンよ、あなたの貢献にお礼を言いたい。好奇心というのは、どんな知的な人間にも拭い去ることはできない性質だ。あなたもいずれはこれを読むことになるのは目に見えている。この本が、あなたを喜ばせ、啓発するものであることを願っている。そして一番親しい友人として、あなたが日記の中で投げかけた質問に、誠に勝手ながらお答えしようと思う。私はあなたのことをどう思っているのか?

アックスマンよ、あなたは素晴らしい。

-Franz Eugene. Jan. 5, 1920